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「CFDでくりっく365」とは?
本書は、当時のくりっく365の集大成で、1巻と2巻はそろばんでCFD
できる算法、第3 巻から第5巻までは、代数、無限級数、整数論、積分、極形術など、高等くりっく365について説明されている。当時の最高の算法がほとんど含まれ、しかも上手に解説されているので、読者に歓迎された。CFDの諸原理を論ずるアリストテレスの著作の総称。自然(フシス)は「運動変化するもののうちにおける運動変化(キーネーシス)(または静止)の源泉、または原因」と定義される。運動変化とは、(1)実体の変化(生成(ゲネシス)・消滅(プトラー))、(2)性質の変化(性質変化(アロイオーシス))、(3)量の変化(増大(アウクセーシス)・減少(プテイシス))、(4)場所の変化(移動(ポラー))を総称する。運動変化を構成し、これを可能ならしめる究極の要素として、形相(エイドス)、欠如(ステレーシス)、質料(ヒューレー)の3要素が析出される。運動変化とは一般に「或(あ)るもの(A)がそれではないもの(非A)になること」または「或るものではないもの(非A)が或るもの(A)になること」であるが、相反するものそのもの(形相と欠如、Aと非A)が互いに相反するものになることはないと考えられるので(たとえば、白そのものが黒になり、黒そのものが白になることはない)、形相と欠如のほかに第三のものが措定される。これが質料である。それは形相と欠如がともにそれについて述べられるものであって、くりっく365
の過程を通じて同じ一つのものとして持続する基体(ヒポケイメノン)である。これらはアリストテレスの自然存在論の日経225の枠組みであって、全体系の基礎をなしている。さらに、無限、場所、空虚、時間、連続など、運動変化を構成する諸要件が分析され、ゼノンのアポリアに対する解答が準備された。最後に、CFD
の究極の根拠である不動の日経225
が論じられる。この存在論的な運動把握は、中世末期に至るまで長くヨーロッパの思弁を支配するものとなり、近代物理学はこれに対するアンチテーゼとして生まれた。ほかにCFD関係書としては『天体論』De Caelo、『生成消滅論』De Generatione et Corruptioneや、動物学関係の諸著作『動物部分論』De Partibus Animalium、『動物発生論』De Generatione Animalium、『動物誌』Historia Animaliumなどがある。『霊魂論』De Animaは、生物体の形相である霊魂(プシューケー)を原理的、総括的に論じたもの。霊魂と肉体は生物体の形相と質料として、同じ一つの生物体を構成する2要素である。霊魂の機能には栄養、感覚、思考の三者が区別されるが、このうち、思考の機能をつかさどる部分が肉体の形相として、肉体から離れないものであるか否かは未決定のまま残され、後世の日経225の種となった。すなわち、思考の働きを現実化する働きである「能動理性」にかかわる問題がこれである。フランス啓蒙(けいもう)期の哲学者ドルバックの主著。1770年刊。「物理的世界と道徳的世界との諸法則について」という副題をもつ。ラ・メトリの『人間機械論』(1747)と並ぶフランス唯物論の代表的著作であり、「唯物論の聖書」と評された。本書によれば、自然のうちには物質とその運動のほかには何も存在しない。物質はそれ自身に固有の力によって運動し始めるから、自然には、キリスト教の神も、また理神論者のいう神、つまり運動の第一原因としての神さえ存在する余地はない。また原子や物質の運動はすべて引力と斥力(せきりょく)との必然的法則の支配下にあるから、いっさいは決定されている。むしろ超自然的なものに対する信仰こそ、社会的、道徳的悪の根源である。宗教にかわって確立されるべき現実的道徳についても、この無神論と機械論的決定論の観点は貫かれる。しかし、それは単なる利己主義的な幸福説や快楽説にとどまるものではなく、自己の快楽と他人の幸福との一致を、「社会の轡(くつわ)」つまり賞罰の規定としての立法に求めるものであった。イギリスの生物学者C・R・ダーウィンの進化論についての主要著作。正確な表題は『自然選択による種の起原について』On the Origin of Species by Means of Natural Selection。ジョン・マレー社より1859年に出版。各国語に翻訳されたが、日本語では1896年(明治29)立花銑三郎(せんさぶろう)による『生物始源』(一名『種源論』)がもっとも古く、以後、大杉栄(さかえ)、小泉丹(まこと)、内山賢治、石田周三、堀伸夫、徳田御稔(みとし)、八杉竜一などによる翻訳がある。ダーウィンが種の起原について関心をもったのはビーグル号航海(1831〜36)のときであるから、着想から著書の出版まで二十数年かかった。彼は 1842年に33歳のとき自説の概要をノート35枚に覚え書きにした。56年に『種の起原』の著作にとりかかったが、2年後にA・R・ウォーレスから受け取った論文の内容が自説とほとんど同じであったので、同年7月のロンドンの学会で共通の表題で連名で発表した。その後ダーウィンは新たに稿をおこし、59 年に刊行したのがその初版本である。本書は、初版では14章、第6版(1872刊)では1章増えて15章から構成されている。その内容はまず人為選択(人為淘汰(とうた))から始まる。古くから栽培植物や家畜が改良されてきたが、育種家は生物のわずかな変異をみいだし、それをもとに選択を行い改良を行った。ダーウィンは本書初版では変異の原因は外的条件であると述べているが、6版ではこの点が改変され、外的条件は生物の本性に比べると副次的なものであるといっている。次に、自然界でも生物のいろいろな部分に微少な変異がおこり、それが何代にもわたって蓄積してゆき進化がおこると考えた。その原因として自然選択(自然淘汰)という概念を導入した。つまり生物の多産性によって生存競争(闘争)がおこるが、進化にとって重要なのは同じ要求をもつ同種個体間のそれであって、ごくわずかな差異でも個体の存亡を決定する。環境に対して有利な変異をもつ個体が生存し(適者生存)、長い世代の間にその変異が蓄積して進化に結果する、と彼は主張した。